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高校時代、勉強もせず遊び回っていた僕は、高校三年生の時の大学入試に惨敗した。 父親が「浪人するな」というので、取り急ぎ某私大の夜間部(今通っているところ)に願書を出し、合格した。合格したから行く旨のことを親に告げると、二部に行くなら浪人しろと訳の分からないことを言われ、自分で学費を出せるわけもないので浪人することとなった。 そして一年後、浪人して予備校に通ったことに多少意味があったらしく、受験した三校中、二校合格した。(願書は十数校出していたと思う)。その内の一つに題名の学校があった。うちはお金持ちではないため、なるべくやすい学校をと思っていたのだが、この学校は授業料、寮費一切なしで、しかも毎月給料がもらえ、ボーナスまで出るという破格の待遇であったため、あとの受験を取りやめ、すぐに決めた。若かったなぁ。物事の裏を考えることのできない年頃だったんだなぁ。 四月一日の早朝、家を出て電車に乗り学校へ向かう。手荷物は多い。どこの寮になるかがわからないからだ。受付に行くと、どこのクラスか教えてくれる。僕は「第3大隊、第34中隊、第341小隊」のようだ。第三大隊の寮までてくてく歩く。寮の前でまた受付。結構歓迎ムードだ。そこで、対番学生のSさんと出会う。Sさんは三年生で、学校でもかなりの有名人らしく、とても面倒見のいい、いい人だった。この対番学生というものは、要するに世話役で、基本的に二年生が担当し、なにも知らない一年生に寮生活や勉強などの先生役や相談相手になったりしてくれる人のことだ。僕の対番学生が三年生だったのは、一年生の数より二年生の数の方が少ない(理由は後述)ためだった。それと、一浪だと現役入学の二年生と同い年になってしまうので不都合があるかもしれないという配慮もあるらしい。 さて、入校式である。入学ではなく入校というのだ。儀礼を重んじる学校なだけあって、必要以上の練習が行われる。まずは「気をつけ」「休め」「右向け右」「左向け左」「回れ右」「着帽時の敬礼」「脱帽時の敬礼」などの練習からだ。あと、整列の仕方や行進の仕方までこと細かく教わる。入校式には防衛政務次官が来ていた。が、なんの話をしていたかは全く覚えていない。そしてグラウンドでの行進だ。空には松島基地からわざわざブルーインパルスが飛んできた。豪華な入校式だ。いくらかかったのか想像もできない。 入校式が終わるまでは、上級生たちはとても優しい。まだ入校していないので、いわゆるお客さんという状態なのだそうだ。 その夜、上級生たちは豹変した。 そうそれは、体育会系クラブの仮入部が終わって正式に入部したときの上級生に似ているが、そんな生やさしいものではなかった。寮内での新入生の扱いは、それはもう人間以下の扱いで、この扱いのせいで一年生は四月中に約50人減る(これが二年生が少ない理由)。そう、入学者約500人の一割が瞬く間に減るのだ。中には人格者といえる良き先輩もいるのだが、ほとんどが上がいなくなった開放感から理由もなくいじめに走る。こういう人間が多いためか、自衛隊の中の防大(あっ名前出しちゃった(笑))出身指揮官の評判はすこぶる良くない。 さて、学校生活に触れようと思う。僕は半年しかいなかったのだが、それでも充分わかった。まず、雑用はすべて一年生の仕事だ。掃除や、部屋長(四年生がつとめる)のベッドメイク。土日用の食料の配布。各部屋への新聞配達などを当番を割り振ってつとめる。さらに、週一回の服装点検など、勉強するヒマは無い。週末は基本的にフリーだが、外出するためにはまた服装点検があり、門限があり、一年生の外泊は認められない。学生全員が運動部に所属し、そのための練習があり、校内で上級生に会えば敬礼しなければならない。詳しい生活時間表は防衛大のホームページにあるので参照してください。 ただ、訓練はおもしろかった。夏に定期訓練というものを一ヶ月やるのだが、関東の主要な基地に見学に行く。それはもう遠足気分(笑)僕の時は陸自の富士山、習志野、海自の横須賀、厚木、空自の入間、百里に行った。 富士山では戦車や装甲車を見たり乗ったりしたし、習志野には学校からヘリで行った。横須賀では潜水艦と護衛艦に乗り、厚木では対潜哨戒機に乗った。入間では対空監視司令室やスクランブル待ちの戦闘機を見て、輸送機に乗って百里に行き、戦闘機のコックピットや弾薬庫を見た。特に百里のご飯はおいしかったし護衛艦の中のカレーもおいしかった。8キロの遠泳も辛かったが良い思い出だ。 ただ、僕はやめることになった。口だけの上級生が許せなくなって、折り合いが悪くなった。ここでは一回上級生に目をつけられると暮らしていけない。生活面でのほぼすべての権力を上級生が握っており、目をつけられるということは時間的制約が飛躍的に上がる。くだらないやつのためにそんな制約を受けてまで生活するのがいやになったのだ。僕は退校した。 この学校は退校するときもおもしろかった。辞令を受けるのである。「○○は防衛大学校学生たる任を免ず」とか書いてあった。 2000/3/10 |