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神話についての考察
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第七回
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多神教の宗教には、まず間違いなく柱になる神がいる。この柱になる神の数というのはたいてい3柱となっている。ギリシャ神話、ローマ神話、日本の神話、インド神話これらの神話の主神は全て3柱である。さらに、ギリシャ・ローマ神話と日本の神話は、主神の役割もよく似ている。それは「天空」「海」「冥界」の支配だ。これは偶然なのだろうか?古来、空は人類の憧れであった。ゆえに、その空を司る神というのはそのほかの生活に関係ある神より位が高くなったのはうなずける。次に海を司る神は、海で漁をする民族は、海から恵みを受けるのである。そうするとやはり海神というのは地位が高くなるのだろう。そして最後に冥界を司る神は、人間というのは考えるようになってから死に対する恐怖というのを常に持っている。できれば死後も平穏に過ごしたいと考えているため冥府の神にゴマをすっておこうと地位が高くなる。大地の神はたいてい神話の前半にでていて、天空神に取って代わられる。これは大地に対する恐怖が、風雨や海難よりも小さいところから次第におろそかにされたのだろう。インドの場合はアーリア人が内陸部の民族であったため、海神が力を持たない。その代わりに水神として川の神が脚光を浴びている。神様の順位というのは人間に対する貢献度と、与える恐怖をふまえてつけられるので、どの宗教も似たような構成になるのだろう。人間考えることは一緒ということかな。 |
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第六回
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今回は今はとても仲が悪いんですが、どう考えても同じ宗教から派生したものだと思われる「キリスト教」と「イスラム教」です。まず類似点、@一神教である。ともに光明神と思われる「Y.H.V.H」と「アッラー」の唯一の神を持ち、その下には天使がいるAともに聖地は「エルサレム」であるBともに「預言者」が神の言葉を伝えるC同一の天使が多い。と、これらが類似しており、ともにユダヤ教から派生したものと思われる。両宗教に最もなじみ深い天使は「ガブリエル」であろう。この天使は、聖母マリアの受胎告知とモハメッドにコーランを書き写させた。両宗教の最も重要な部分に関わっているのである。こんなに近い宗教が、なぜいがみ合うのか不思議である。それほど聖地というものが大切らしい。まあ世界的に見ても、聖地が重複するということは他に例がないのでしょうがないのかもしれない。ただ私見ではあるが、聖地云々よりやはり、世界帝国を目指した権力者によるところが大きいと思う。民族紛争が一番わかりやすい戦争理由ではないかと思う。 |
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第五回
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今日ふと気づいたなんか似てる神話のお話。日本国っていうのは征服王朝だって知ってました?古事記には神武天皇が東征する下りがあるのですが、一説によると九州から始まるんです。発祥の地というのが宮崎にある高千穂山といわれているのですが、その間にいろいろなエピソードを交ぜて正当化しているんです。日本の土着の神というのは国津神といって、有名なところでは大国主命(出雲大社に祀られる)とか少彦名神(一寸法師のモデル)、建御名方神(諏訪地方の土地神)でしょうか、変わったところだと荒波吐神(遮光器土偶で有名な蝦夷の神)が有名。神武天皇はこれらの神をまつる国々を破るとともに自らの神々(天津神)を優位にしていきました。これと似てると思ったのがモーゼの『出エジプト記』。モーゼもエジプトを脱出したのち自らの神(Y.H.V.H)の優位性をといてまわり、約束の地カナアンを占拠した。これもエジプトより東へ向かっている。この二つの違いは神武天皇が軍勢を連れていたのに対し、モーゼは難民を連れていたことだろうか。ただ、神話というのは後になればなるほど自らを優位に話すものなので後にできたと思われる神武天皇の東征は脚色されていても不思議ではない。ここで、以前日本は竜の神の国と書きましたが、天津神は雄牛の神の一族という見方もできるわけです。八又のおろちなる竜が素戔嗚尊に倒されていたり、大国主命がオオナムチと呼ばれ蛇神のようにされていたり、ミシャグジ様という蛇の祟り神がいたりする事を考えるとあながち間違いともいえないと思います。あと、東に攻めるというところがポイントで東には竜の神が多くそれを征服するともとれなくもない。 |
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第四回
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今度は中国の仙人のお話。仙人というのは生まれつき仙人骨のある人間か長く年を経た物質や動物しかなれないものです。で、どの辺がリンクしているかというと、封神演義を読んだ方ならおわかりだと思いますが、この中で、太公望を軍師とする周が殷に攻め込む段階で、周に仏教が手を貸すシーンがあるんです。そしてその後に崑崙山の中でも高位の仙人のうちの普賢真人、文殊広法天尊、慈航道人、懼留孫、広成子はその後に入釈成仏しています。あと魔家四将という敵役がでてきますが、彼らは須弥山の四方を守る四天王(東京の四方を守る増長天、広目天、多聞(多文)天、持国天のこと)となっています。悪役から仏教護法の守護神になったのには驚かされますが、もともとインドでも彼らはヤクシャ族(仏教では夜叉)で、改心したがゆえに神になったので、その点の感覚も似ています。仏教は基本的に改心さえすればかなり寛大に認めてくれる宗教なので、入谷の鬼子母神も昔は他人の子供を自分の子供に喰わせていたのを改心したので神に封ぜられたのです。このように中国というのは大国で、他国との接点も多かったため、かなり他国の影響も受けており、その時代時代の権力者の思想が強くなることは否めませんが、民間の伝承も強く残っており他国の神を結構取り込んでいます。 |
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第三回
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私の個人的見解ですが農耕民族最古の神はアスラではないかと思う。ただ、アスラはトラヴィタ人の神なんですが、ここが発祥というわけでもないと思うんです。世界中にアスラと関係のある神というのは「アフラマズダ」「アッラー」「アポロン」「アサマ神」等多数います。このアスラというのは炎と光の神で、炎と光の表すものといえば太陽です。この太陽というものは世界共通で、大地の恵みを得る上で最も大切とされてきました。太陽神というのは古い神話ならたいていの神話にいます。新しい神話になると、人間の精神などが取り込まれ、自然現象にあまり関係ない政治的な神が多くなります。例として、ユダヤ−キリスト教の「Y.H.V.H」はかなり政治的で、人間の道徳心にうったえる神です。自然からできた神は人間の行いがどうであれ、へそを曲げれば災いが降るわけです。だから、生け贄などの儀式が必要となってくる。こういうのを一般的に祟り神といいます。常になだめすかしていないと、とんでもなく恐ろしい災いが降ってくるわけです。だからアスラだけではなく、他の自然からできた神は世界中でリンクしていることが多い。名前の多少の違いは方言みたいなもので、例えば「うちにはアスラって言う神がいるんだけどさ」「ふーんアフラマズダかー」「へーアポロンねー」と伝言ゲームのようにちょっとずつ変わっていくのでしょう。雷の神様は槌や杵を持っていることが多いのもそういう理由からだと思います(この場合雷の音にも意味があると思うのですが)。 |
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第二回
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今回は天皇家の神の「天照大神」とバビロニアの神の「イシュタル」のよく似たエピソードです。この二つの神は性質もよく似ていて、「天照大神」は太陽の神格化の意味合いが強く、天の岩戸の一件では、隠れただけで全世界が真っ暗になった。「イシュタル」は、愛と豊饒と戦の女神で、特に豊饒というところに今回は注目したい。豊饒神というのは穀物の実りなどに影響を及ぼす神で、それには太陽が強く影響する。前置きはこのくらいにして、天の岩戸の類似のエピソードは「イシュタルの冥界下り」である。これは夫である「タンムーズ」をおって、イシュタルが冥界の七つの門をくぐり、死刑の判決を受けて死んでしまう。すると地上の世界では作物が実らなくなってしまった。水の神「エンキ」の助力でイシュタルは再びこの世にもどることができた。この下りは本当によく似ており、「天照大神」の戻ってきた理由も「天宇受賣命」という水に関係のある女神の裸踊りによってであった。この二つの神話は、一般的に「竜の神」の神話であり、東では残ったが、バビロニアの神は後に「キリスト教」や「イスラム教」では悪魔として扱われている。このことも西側の「雄牛の神」が新しい神ということだと考えられます。 |
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第一回
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インド神話も一息ついたので、今回は世界の神話の関連性について。以前ハヌマーンという神と孫悟空が関連があるようなことを描きましたが、世界にはそんなことは山ほどあります。有名なのはギリシャとローマの神話で、ほとんどの神がリンクしています。例えば「ゼウス」と「ジュピター」、「ポセイドン」と「ネプチューン」など名前が違うだけで同一視されている。あとはバビロンを境に西側の神は「雄牛の神」東側の神は「竜の神」といわれ、西側では竜は魔物として扱われ、東側では牛が魔物だったりします。もちろん例外もありますが。ここからは個人的見解なのですが、古い宗教というのはおそらく竜を神としていたと思います。その後新しくできた宗教により竜はおとしめられたと思うのです。その根拠は、天地創造に関わる神に竜神や蛇神が多いことや、古い神と言われているものにも竜神が多いこと。さらに文明が発祥したところの神はほぼ竜神であることです。次回から似ている神々のエピソードです。 |