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神話についての考察
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第十二回
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今回はインドでも有名な神話の一つ「ラーマーヤナ」の敵役ラクシャーサの魔王「ラーヴァナ」についてです。苦行の末に彼はブラフマーに祝福され人間以外には不死(人間を食べ物としてしか考えていなかったため人間は除外された)で、10の頭、20本の腕をもつようになった。彼はこの力で異母兄のクーベラを王座から追い出し、神々と人間を迫害した。彼は天の王国を奪い、三主神を含む全ての神々を奴隷とした。神々はどうしたらラーヴァナを排除できるか考え、ヴィシュヌが人間となり戦うこととなった。猿の軍勢の活躍によりラクシャーサの将軍たちは全て殺され、ラーヴァナとラーマ王子の一騎打ちとなった。ラーマは神々から授かった武器を使い、ついにラーヴァナを倒した。 |
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第十一回
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ラクシャーサ。日本では羅刹と呼ばれる人喰いの鬼。ラクシャーサは元々水を守るものであった。グロテスクな外観をしているが、その外観を隠すために変身することがある。本拠地はランカー島(スリランカ)で、彼らには業があり、特定の人間に殺されるために生きている。インドの人々はこの悪鬼とスリランカの人々をむすびつけて蔑視していた。彼らの王は「ラーヴァナ」である。ラーヴァナの息子メガダナはインドラを倒せし者という意味のインドラジットという称号をブラフマーからもらっている。このことから人間の敵としてだけでなく、神々にとっても脅威であった。ただ、良い神として取り込まれている者もあり代表的なのは「クーベラ」。彼はラーヴァナの異母兄で、ラーヴァナに王の座を追われた神である。インドでは財宝の神としてあがめられ、後に仏教に取り込まれ(仏教に帰依して)「毘沙門天」となった。七福神の一人としても有名。文献によっては多聞天と同一視され護法の四天王の一人とされる。 |
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第十回
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今回は代表的な「アスラ」のヒラニャカシプについて。ヒラニャカシプは苦行の末、人間、動物、神の誰からも攻撃されず、昼も夜も、家の中でも外でも殺されることはあり得ないという恵みをブラフマーより与えられた。この恵みに守られて、彼は神々への崇拝を禁止し、彼を崇拝するようにした。しかし彼の息子プラフラーダが熱烈なヴィシュヌの信奉者であったので、説得を試み、拷問までした。しかし彼の息子はそれを拒否し続け、ついにヒラニャカシプは息子を殺そうとした。しかし何をしても殺すことができず、息子はなおもヴィシュヌへの信奉をやめず、ヴィシュヌはどこにでもいると言うので、ヒラニャカシプは王宮の入口の柱にヴィシュヌはいるかと聞いた。息子はもちろんいますと答え、怒ったヒラニャカシプはヴィシュヌを殺すと言って柱を壊した。このときヴィシュヌの化身、半人半獅子の被創造物ナラシンハ(この神の勝利のダンスが獅子舞の原形と言われている)が、ヒラニャカシプを八つ裂きにした。このときの状況は、時刻は夕方で昼でも夜でもなかったし、場所は王宮の入り口であり家の内でも外でもなかった。さらに、ナラシンハは半人半獅子で、人間でもなく獣でもなく神でもなかったのである。 |
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第九回
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今度はインド神話における敵役の話。インド神話には基本的に、神々の敵である「アスラ」と人間の敵である「ラクシャーサ」の二種類がある。で、今回は「アスラ」について。アスラは本来神でありインドにおけるアーリア人の征服からそのほとんどが悪魔となった。彼らがまだ神であった頃、乳海攪拌をデーヴァとともに行うことになった。アスラはアムリタにしか興味が無くやがてそれはあらわれた。アスラはそれをもって逃げ去ったが、彼らは誰が一番最初に飲むかで争いを始めた。そこに美しい乙女があらわれ、彼らはアムリタのことを忘れその乙女を眺めていた。その乙女がアムリタに視線を移すと彼らはアムリタのことを思いだし、どのように分配するべきか彼女に聞いてみることにした。すると彼女は「デーヴァとアスラは等しく働いたのだから、等しく分配しなさい」と言った。彼女の決定に無条件にしたがう約束をしていたのでアスラは同意するほかなかった。彼女はデーヴァを呼び向かい合って整列するようにといい、彼女はデーヴァの列に沿って進み各人に一回分ずつのアムリタを与えた。そして列の末端に来たとき彼女は不意に姿を消した。その乙女はヴィシュヌの化身であった。そして騙されたことを知ったアスラとデーヴァの間で争いが起こったのだが、アムリタを飲んでいるデーヴァが容易に勝利を得た。そしてアスラは悪魔となった。有名なアスラは「ヒラニャカシプ」、「ナーガ族」「ラーフとケトゥ」である。 |
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第八回
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今回は猿の王子ハヌマーンです。彼はラーマーヤナにおいて猿軍を率いる将軍として、また勇敢な戦士として描かれる。彼の母は猿王妃アンジャナで、父は風神ヴァーユである。ラーマ王子を助けるために神々によって創られたといわれ、ラーマ王子に対する誠実な奉仕の報酬として不死を与えられた。風神ヴァーユの子であるので、風の速さで飛ぶことができ、木と山を根こそぎにする力を持ち、思いのままに自分のサイズを変えることができた。ここまでの記述で、ある有名な猿と似ていることにお気づきであろうか。そう彼は西遊記の孫悟空のモデルでもある。インドで最も人気のある動物神である。 |
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第七回
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今回は、神より位が上の動物神、ガルーダです。ガルーダは鳥の王で、半人半鳥の神である。ナーガ族に幽閉された母を救うため、身代金として要求された神酒アムリタを手に入れるために神々と戦い、ついにはインドラをも打ち負かす。それを見たヴィシュヌは彼を自分の乗り物とする替わりにヴィシュヌより高い地位を持つことを認め、不死の祝福を与えた。彼は仏教では迦楼羅天または金翅鳥と呼ばれる。インドネシアの航空会社のガルーダ航空はこの神の名が由来。 |
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第六回
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今回は動物神たちの話。インド神話は味のある動物神たちがたくさんでてきます。有名なのはガネーシャ、ガルーダ、ハヌマーンでしょうか。今日はガネーシャについて。ガネーシャはシヴァの息子です。最初はかなりの美しい神だったそうだがシヴァが入浴中の妻(パールヴァティー)をのぞきにいったときに番をしていたガネーシャが邪魔で首を切り落としてしまった。水からでて息子が死んでいることに気づいた彼女が怒ったのでシヴァが像の首を探してきてつけた。それから彼は像の頭を持つ神となった。ガネーシャは仏教でいう歓喜天である。スリランカではプルシキという悪魔と同一視されている。スリランカとインドは宗教的に仲が悪くインドの神は基本的にスリランカでは悪魔となる。ちなみにスリランカは仏教国。 |
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第五回
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シヴァ・・・・破壊者。破壊者といっても悪い神ではなく、創造のための破壊をする神。要するに家などは、古くなってくると修理よりも立て替えた方が良くなってくる。そのとき古い家は壊すといったような意味の破壊である。三主神のなかではおそらくヴィシュヌに迫る人気を誇る神で、ほかにも性的な意味合いの強い神で、男根像の形で崇拝されている。悪くない神様なのだが、やはり破壊神と言うだけあって乱暴者で、全ての神様相手に喧嘩を売ってしかも勝ってしまうほど強い。もともとヴェーダ神話の暴風神ルドラが原型で、この神も乱暴で、常になだめなければならない神であった。シヴァの主な武器は額にある第三の目で、この目が開かれると全ての神々と他の創造物を殺すことができる。彼の妻はパールヴァティーまたはデーヴィーと呼ばれ最も偉大な女神である。彼にも乗り物としての動物があり、それはインドでは神の動物とされる牛のナンディである。 |
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第四回
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ヴィシュヌ・・・・守護者。おそらく三主神の中で最も人気のある神。彼は世界蛇アナンタの上で横になった姿で描かれることが多くその足元には幸福の女神である妻ラクシュミーを従えている。彼にも乗り物としての動物がありそれは半人半鳥で「ガルーダ」と呼ばれている。ヴィシュヌはヴェーダ神話(ヴァルナやインドラの時代)から神として存在したが、当時はそれほど力のある神ではなく、他の神々を取り込んで力を増してきた。守護者として人間界に介入してくるのはもっぱら彼の役目で、善悪のバランスが崩れ悪がはびこると化身としてあらわれる。彼には10の化身があり、現在までに9の化身があらわれている。その中でも有名なのは「ラーマ王子」「英雄クリシュナ」「ブッダ」である。 |
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第三回
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ブラフマー・・・・創造者。世界はすでにできあがっているので、創造者としての役割は必要なくなってしまった。だから、三主神とはいえ他の二神に比べ人気がない。基本的に一生懸命何かを成し遂げた者に非常に寛容な神様で、それが人間であろうが、悪魔であろうが関係ない。そのためほかの二神が迷惑をこうむる。ゆえに人気がなくなったと思われる。インドの神々はそれぞれ乗り物として動物をもっているが、ブラフマーは鵞鳥に乗っている。妻はサラスヴァティーで、彼女は人類を生む妻となる。 |
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第二回
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現在のインドのヒンドゥー三主神は、ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌである。インドではいまだにどの神様が一番偉いかという論争があるようではっきりと決まっていない。以前の時代(ヴェーダ神話)も三主神とされていたが、実際はその中でも順位が存在していた。ヴァルナの時代はほかにミトラとアリマヤン、インドラの時代はアグニとスーリヤがいた。ヒンドゥー三主神にはそれぞれ役割分担があり、それは一般的な他の神話と同様にブラフマーは過去、ヴィシュヌは現在、シヴァは未来的な性格をもつ。それは、創造、守護、破壊。インドでは神様の解釈が比較的自由で、自分の神様に他の神様を取り込んで新しい神様を作ったりする。そうすることにより偉大さを示すのである。このころのインドラなどのヴェーダの神々はまぬけな神様として描かれることが多い。例えばラクシャーサの王子に負けて捕虜になったりする。やはり今の自分たちの神様を正当化するために巡ってきた役回りなのだろう。次回からは神様ごとのエピソードや役割についてです。 |
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第一回
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神話のページなのに神話についてちっとも書いてなかったので真面目にインド神話について思うところを書こうと思う。インド神話はほんとに自由で、人によって偉い神様の基準が違う。ある人はヴィシュヌで、ある人はシヴァ。またある人はカーリーというように、地域や階層で信じる神が違う。これは多神教のところではほとんどそうなのだが、それでも一応主神というものが存在して、一目置かれている。だがインドでは、カーリーを信じる人は、ほんとにカーリーしか信じないし、その上級神であるドゥルガー(カーリーはドゥルガーが怒ったときに額の目から生まれたとされる)よりも人気がある。地名(カルカッタ)にもなっていることにお気づきの人もいるかと思うが、その地名からそこで信じられている神が判る。インド神話は時代によって神の力関係が違い、古くはヴァルナ(宇宙の君主といわれる)からインドラ(三界の王)へと移る。ここまでがヴェーダの神々といわれる時代で、その後今の三主神の時代へと続く。 |