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神話についての考察
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第六回
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日本は悪魔のいない国といっても良いほど、神に敵対する悪魔という物がいない。こういった神話は世界にも珍しく、日本人の考え方に影響を及ぼしていると思う。一般的に日本人は優柔不断であるといわれるが、確かに善悪二元論が発達していないため、万事がはっきりしない混沌の中にある。2月末の日記にも書いたとおり、盗人の神様までいるし、昔からあることわざに「捨てる神あれば拾う神あり」というものもあるように、どこかには救ってくれる神様がいる。こんなにおおらかな神様のいる国も珍しい。日本の神話は、神と神の争いから始まるものなので、神の敵はあくまで神であり、邪悪の権化といわれるようなものはほとんどいない。その後、仏教やキリスト教が入ってくるにつれ、仏敵や邪教の神という概念が生まれてくる。全国の神社には、だいたい土着の神と征服側の神がセットで祭られている。これには、征服側には同じ神社に祭ることによって、被征服側の信仰を妨げず、しかも同じ神社に祭ることによって、監視がしやすくなるメリットがあった。これは無駄な争いを防ぐには非常に有効な方法であったと思う。国津神信仰と天津神信仰の間には宗教戦争らしきものはほとんど見られず、一神教に宗教戦争が多いのはこの悪魔を作る作らないの判断によるところが大きいと思う。
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第五回
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悪魔の数に対する諸説を紹介します。エリアス・カネッティは厳密な数44,635,569ともう一つおおざっぱな11兆という二つの説をあげている。グリヨ・ド・ジヴリによると、16世紀のフランスのある大公の侍医が数えた悪魔の数は7,409,127で79の君主がその悪魔を支配しているそうだ。この後グリヨ・ド・ジヴリが修正しており、その数は君主72、悪魔7,405,920と若干減った。またいわゆる「666」の悪魔の数字から、6の軍団があり、それぞれに66大隊を擁し、一個大隊は666小隊からなり、一個小隊は6,666の悪魔からなる、というもの。これを計算すると、1,758,064,178ということになる。しかし、グリヨ・ド・ジヴリはこの数は多すぎるといっている。当時の世界の人口より多いと、この世は悪魔に支配されてるはずだからだ。さて、古来から定式といわれるものがある。ピタゴラスの数「1,234,321」の6倍が悪魔の正確な数といわれており、計算すると7,405,926となる。しかし、これはキリスト教の悪魔の数なので、他の宗教を入れるともっと増えてしまう。それにしても大変な数だ。
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第四回
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悪魔の数というものは、神話によって違うのだが、一応の傾向がある。神様が厳格できびしいほど悪魔の数が多いのだ。これは神の反対勢力が悪魔であるため、神が人間へ科す戒めが多いほど、その戒めを守らせないように誘惑する悪魔が増えるからである。したがっておおらかな宗教ほど悪魔の数が少なくなる。キリスト教やイスラム教などは大変戒律もきびしく、そのため悪魔も多い。変わって日本やインドには悪魔が少なく、神の対抗勢力は、土着の神だ。神と神との力比べになるので、自然とのんびりした雰囲気になっていくのだ。さらに国のある場所により、宗教の厳しさが変わっていくような気がする。日本のような狭い島国や、インドのような北には高い山があり、南には広い海が広がるような国では外敵の侵入が容易でないため、のんびりとした宗教になることが多い。それとは変わって、ヨーロッパや中東などの国では、常に外敵のことを考えるために自然と宗教観もきびしくなっていったと考えられる。いつも自分の国の優位性を訴えなければいけない国々は、自然と神にも厳しく偉大なものを求めていったのだろう。そして、他国の神々を含め、自国で創り上げた神に矛盾するものはすべて悪魔とする必要があったのだろう。ゆえに悪魔が増えていったと考えられる。
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第三回
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今回は悪魔の階級についてです。17世紀のセバスチャン・ミカエリス神父(エクソシスト)が発表したデーモンの階級が現在最も一般的だと思われる。
第1階級のデーモン達は、むかしどこかの神であったり、ユダヤ教の近隣諸国の悪魔の場合が多い。有名なのはカナアンの主神であった「バール」が「ベルゼブブ」となったり、バール神の后でフェニキアの女神「アスタルテ」が「アスタロト」になっていたりする。ともにユダヤ教徒と敵対していた国の神であった。「レヴィヤタン」は英語読みすると「リヴァイアサン」となり、海の王のことだ。その姿は巨大な蛇やエジプトではクロコダイルとして描かれる。 |
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第二回
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まず最初に最も有名な悪魔だと思われる『サタン』の話をしないといけないでしょう。ただこのサタンという悪魔は諸説あり、いまだに確定的な説がないので難しいのですが・・・。サタンについてのエピソードとして最も有名なのはイブをだまして禁断の果実を食べさせたことですね。このときのサタンは蛇の姿で描写されています。サタンの語源はヘブライ語の「反対すること」や「苦しめること」を意味する『shatana』から来ているといわれており、そういう意味から「神の敵」たる悪魔のこととなった。よく「堕天使ルシファー」と混同されるが、一般的には区別されるものである。現在のサタンのイメージはミルトンの「失楽園」やダンテの「神曲」に描かれたものである。それによると、もともとかなりの高位の天使であったサタンは神に最初に背いた天使として堕天したことになっている。堕天使の指導者という位置づけだ。しかし、一方でダンテのイメージから「堕天使ルシファー」とも対立する。サタンは寒さと闇に結びつくが、ルシファーは天使の時のイメージから熱と光に結びつくのである。
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第一回
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今回からは悪魔というものにスポットを当てていこうと思います。魔というものは、人間に悪い影響を及ぼすものと考えられている。あまりいい意味では使われない単語だ。魔物、魔女、魔がさす、悪魔、魔法など理屈の分からない、恐ろしいものにことごとくつく漢字である。悪というのは文字通り悪いことをさす。日本では鬼が悪魔に当たるのだろうか。インドではアスラやラクシャーサ、キリスト教系では堕天使のことをさす。どこの国の宗教でも、悪魔には組織があり、王がいる。インドでは、ラーヴァナ、ヒラニャカシプがいて、キリスト教系ではサタンやルシファーが王にあたるかな。日本では・・・ちょっと見あたらない(笑)日本というのはほんとに悪魔の少ない国なんですよ。でも妖怪がそれにあたるのかな?妖怪の王というのはなんなのかちょっと分からない。悪魔というのは元々神であった場合がほとんどです。妖怪の中にも元々神であったと思われるものがいたりします。堕天使は文字通り元々天使でしたし、ラクシャーサ、アスラは宗教的に敵対しているスリランカでは神であることが多い。日本の場合は平和的に神様として残してしまったので悪魔が少ないのです。ただ、やはり被征服国の神は祟り神となっていますが。悪魔のみなさんは実はとても可哀想な虐げられた神々なのです。次回からは可哀想な悪魔達の元々の地位とそうなった理由などを考えていきたいと思います。
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